拍と拍子の概念を宇宙人に伝えよう


先日、こんなツイートを見かけました。

“数学と物理がむちゃくちゃ出来るのだが音楽的センスが全く無いと言う後輩に、拍と拍子の概念を伝えるにはこれでいいのか?”

“先日ツイートした「拍と拍子の概念を数学で表現する」の検証を行いました。 一応計算はできたのですが、拍子の概念を定義するのは非常に難しいということが分かりました。”


「音楽的センスが皆無だが数学と物理なら話が通じる。拍と拍子の概念をどう伝えればよいか?」

ふむ。早い話が宇宙人を想定すればいいのですね。
(私の脳内宇宙人はいつも死ぬほど数学と物理に長けている設定になっています。)

先のツイート内では拍子テンプレート関数なるものを用意していました。これなら拍子以外の要素(コード進行とか?)も考えられそうですが、あまり複雑にすると楽曲のテンポに対しては結果が安定しなくなりそうです。

私ならどうするか。拍子だけならフーリエ変換でもいけそうです。
音をエネルギーか何かの時系列データで表現して、それをフーリエ変換して波数空間で見てあげれば、拍や拍子のピークが見えてもよさそうです。拍の半分の周波数でピークが出れば2拍子、1/3倍の周波数でピークが出れば3拍子です。

と、予想を書いてみるのは簡単ですが、本当にこんなことになるのでしょうか。

というわけで試しにやってみました。
関連文献をあたれば何かしら見つかりそうですが…

波数空間で楽しむ楽曲

比較のため、先に紹介したツイートにあるものと同じ曲を使用します。東京事変の「能動的三分間」ですね。

この曲はちょうど1拍が0.5秒(=2Hz、テンポ120)なので、解析結果を見るのに都合が良さそうです。

さて、曲をWAV形式にしてデータをそのまま読み込みます。WAVは基本的にリニアPCM(一定時間おきに信号の強さを記録する形式)で記録されているので、コンピュータでの処理が楽です。

各時間おきに値を2乗すると以下のようになります。値を2乗しているのはエネルギーの次元に合わせたかったからです。(ばねのエネルギーのようなものです。)

timespace

うーむ、これを見て名曲かノイズか判断するのは無理そうです。
グラフの画質が悪くて細部が潰れているというのもありますが、高画質にしたからといって目で見ただけでは名曲かどうかわかるようにはならないでしょう。

さて、これをフーリエ変換します。FFTした結果がこちら。

kspace

見事に2Hzのところにピーク線が出ていますね。これほど鮮明に出るとは思っていませんでした。

これなら宇宙人も安心して拍子がとれそうです。

うまくいった理由はエネルギーの大きい打楽器の存在だと思います。これが例えばピアノトリオだったらこれほどうまくはいかなかったでしょう。
もっとも、上のツイートにもあるように拍や拍子というのは繊細な概念を含んでいるもので、そもそも強い音が出ていれば拍になるというものでもありません。今回のものはかなり単純なアプローチです。

さて、1Hzにも線が出ているので、この曲はテンポ120とすると2拍子かそれに関係する拍子(4とか6とか)であることがわかります。また0.67Hzのあたりにピークが見られないので、3拍子でないこともわかります。

意外だったのは0.5Hz(4拍サイクル)にピークがないことです。ドラムや声の切れ目などの関係で何かしらのピークが出るかと思っていましたが、グラフには何も見つかりません。

しかし、依然としてこのグラフを見て名曲かどうか判断するのは難しそうです。
ただし、さっきと違ってただのノイズでないことまではわかります。

おまけ:結局これで宇宙人には伝わるのか

さて、拍と拍子の概念は宇宙人に伝わるのでしょうか。計算どうこう以前に、拍をとるというあの原始的とも言えるワクワク感を訴えることはできるのでしょうか。

私は結構いい線いってるのではないかと思います。グラフの鋭いピークは空気の振動に明らかに何か特異な振る舞いが起きていることを示していますし、それが単純な計算で表されたならある種の美しさにもつながると思います。
もちろん音色にせよコード進行にせよ、あるいは歌詞にせよ曲の大事なものはほとんど何も表現できていませんが、一切知識のなく、例えば耳さえ持たない宇宙人に対して「我々はこういうもので楽しんでいるんだよ。フーリエ変換して御覧なさい。綺麗でしょう。」といえば、ある種の納得はしてもらえるのではないかと思います。

とはいっても、上記の操作にも普遍的でない恣意的・人間的な操作は入っていると思います。まず上のメモにもあるように周波数帯域を限定しています。例えば中央Aの音(440Hz)を聞いたからといって普通はテンポ26400の超高速音楽とは考えません。当然といえば当然ですがとても人間的な行為だと思います。(音楽と心臓のリズムがどうとかいう話は有名ですね。)
ベストセラー本「ゾウの時間 ネズミの時間」にもあるように、世の中の心理的な時間というのもどうやら絶対ではないようです。もし宇宙人が異様に大きければ地上の気圧変化のようなものに音楽的美を感じるかもしれませんし、感覚器官が異様に小さければブラウン運動みたいなものにも美を感じるかもしれません。


おまけのおまけ話ですが、私は上記の操作でフーリエ変換をしてしまったことに少し不満があります。フーリエ変換というのは計算式を見ればわかるように、時間のはじめから終わりまで積分しないと求まりません。
人間で考えてみると、曲を淡々と聴いて終わった瞬間突然ノリノリになるということはまずありません。その意味ではフーリエ変換という操作もあまり人間的ではないのかなと思うことがあります。(その点はラプラス変換のほうがまだまともな気もします。)

たぶん今回の内容は、音楽や心理学の分野では十分議論されている内容だったのではないかと思います。最近時間がとれないので書きっぱなしになってしまいましたが、関連の文献を調べたらきっと楽しい分野だと思います。


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