1900年ぽい世界に異世界ワープしたら


(今回は常態で書きます。)

面白い記事を見つけた。

本の虫: 物理法則が同じかつ1900年ぐらいの科学レベルの異世界にタイムリープした現代人は現代の進んだ科学知識を活用して異世界チート主人公系ラノベのごとくになれるか

異世界チートものと呼ばれる作品群では、現実世界では平凡な主人公が魔法が使えたり妙に男女比が偏っていたりと現実とは設定の異なるパラレルワールドへ飛ばされ、そこでユニークな存在として活躍する様子が描かれる。

そこで、ワープ先の設定がほぼ現実世界と同じで、ただし1900年くらいの世界だったとして、その世界で主人公が現代の科学の知識を武器に活躍しようとしたらどうなるだろうか、という話である。面白そうなので自分なりに考察してみた。

「1900年」という時代

1900年前後という時代は、単に西暦で数えてキリが良いというだけはでなく、科学史にとっては特別な瞬間だ。これは、その直後に科学の景色そのものを塗り替えてしまった2つの物理学上の偉大な進歩がなされた時代だからだ。となると異世界主人公としてはかなり都合の良い時代とも言えるだろう。

一方、科学的知識をもとに実業家として活躍することはできるだろうか。この時期、工学分野は順調に発展を続けているように見える。1900年といえば第5回パリ万国博覧会が開かれた年で、飛行船ツェッペリン号の初飛行の年でもある。例えば映画「スチームボーイ」の世界観がこれに当たるだろうか。エジソンの有名な発明品はもうだいたい登場していて、産業のコメと呼ばれた鉄も量産に向けて邁進している。既に大量の技術者・専門家が活躍している時代で、この時代に異世界主人公が活躍しようとするなら分野を少々考えなければいけない。

いずれにしても、知識の利用に現代の技術が必須なものでは駄目だろう。その当時の世界に役に立つものを用意しなければ異世界チートにはならない。

区分けが現代的な気もするが、分野ごとにわけて考えてみよう。主人公のスペックとしては駆け出し科学者くらいを想定している。調べれば大量に出てきそうなので、自分で思いついたものを書いていくことにする。(年号は調べた。)

理学

先ほどの2つの偉大な進歩について考えてみる。

2つの革命のうちのひとつは相対性理論だ。相対性理論は光の速さに関しての不思議な実験事実を説明する理論の構築を通して、従来の時間や空間に関する取り扱いを一変させてしまった。特殊相対性理論が発表された年は1905年なので、1900年ちょうどならぎりぎり間に合うかもしれない。

さて、何をすれば良いだろうか。エレガントな実験と名高いマイケルソン・モーレーの実験はもう終わってしまっている(1887年)。むしろ実験事実があるので、特殊相対性理論(1905年)に関する主人公が知っている知識を大急ぎでまとめて発表するほうが良いかもしれない。きっと異世界チートものの主人公なら大学教養時代の授業の範囲くらいまで妙に詳しく覚えていることだろう。

欲張って一般相対性理論(1916年)まで発表するのは無理かもしれない。もしこれができるならアメリカ大統領に未知の超兵器に関する書簡を出すところまでできてしまうのでチート能力として申し分ないのだが。むしろ早いところ日食を観測(1919年)して重力レンズ効果を発表したほうがインパクトがあるかもしれない。正しい実験事実さえあれば当時の世界に受け入れてもらえるだろう。現実と順序が滅茶苦茶になるが。

もうひとつの革命は量子力学だ。ニュートンの運動法則の定式化以来、解析力学による再定式化、電磁気力の理解など発展はするものの順調に理論の正しさが示され一応の完成をみた古典力学が、量子力学の登場により根本のほうから一旦「ぶち壊されて」しまった。量子力学によりものの運動は曖昧になり、未来は確率的になり、正確な観測すら不可能になってしまった。しかしそちらが実験事実に合うのだから仕方ない。それもこれも19世紀末の「どうして鉄は加熱すると赤くなるんだぜ?」という一見些細な問題を解決しようとしたのが発端である。1900年といえばちょうどこれに関するプランクの公式が発表された年で、ここから量子力学が急速に発展していくのでこちらも異世界主人公には都合が良い。

こちらは何を発表すれば良いだろう。物質波(1924年)の提唱、シュレディンガーの波動方程式の記述(1926年)まではできるだろう。主人公の専門は別として、式だけならとりあえずは大学の理系の教養で教わっているだろう。…しかし、未来の式さえぽつんと書けば良いという話ではない。どうすれば科学者に受け入れられるだろうか。

やはり対応する実験事実が必要だろう。二重スリット実験は一見最高に思えるが、あれは思考実験なので1900年ではオーバーテクノロジーだ。もちろん猫とガイガーカウンターを箱に入れたってどうしようもない。こうなると数学者に頼み込んで水素原子の波動方程式を解いてもらうしかないだろう。それさえできれば水素のスペクトルと比較できる。こちらもうまくいけばインパクトは絶大だ。

数学

私は残念ながら数学の知識が乏しく、この時代に主人公が異世界の数学で活躍するための方策が思いつかない。1900年といえばヒルベルトの23問題(の一部)が公表された年だが、私にはひとつも解けない。どうも数学の進歩は他の分野より早いように思えてしまう。

この時期に公理的集合論に関する研究が進んだので、主人公にその辺りの知識があれば一躍有名になれるはずだ。ZF公理系(1908年)を発表しても良いし、もし不完全性定理(1930年)を発表できるなら異世界ヒルベルト大先生に絶大なショックを与えることができる。

時代の先取りになるが、計算機科学はまだブルーオーシャンが広がっているだろう。現代ではその分野の基礎となっているチューリングマシン(1936年)やシャノンの情報量(1948年)すらこの時代にはまだ存在していない。ただし計算機の進歩がもう少し後なので、主人公無双の歯切れのよいストーリーとはいかず晩年に評価されるタイプのしっとりしたあらすじになってしまうだろう。チートには間違いないが。

 工学

第一次世界大戦を念頭に考えてみると、思いつくものとしてはまず工業的にアンモニアを生成可能にしたハーバー・ボッシュ法(1906年)がある。製鉄はもうだいぶ進んでいるが、アルミニウム(ジュラルミン)は今から(1909年)というところなので、こちらを発表しても素晴らしいデビューとなる。知識さえあればナイロン(1935年)も合成できる。いずれも世界を変えた発見だ。

しかし、いずれにしても詳しい手順や組成まで覚えているのは専門が近い人に限られるだろう。主人公が現実世界と行き来できればメモして帰ってこれるが…それだったらもっといろいろと派手なことができる。

計算機を見越して真空管(1904年)に取り組むにしても、当時の技術者より詳しい知識があるとも思えない。むしろ異世界に飛ばされてから狂ったようにシリコンの研究をしてトランジスタ(1947年)を開発したほうが筋が良いかもしれない。もしトランジスタができれば大金持ちは待ったなしだが、そこまでたどり着こうと思うと主人公にはかなりのセンスが要求される。

この時代は内燃機関も既に発達しているし、調べたところ乗り物も電車どころか潜水艦まで作られている。やはり技術の応用側は幅広く進んでいくので、突然現代の人が1人100年前に行っても活躍は結構難しいかもしれない。主人公が深い専門性を持っていれば別だが、そうなるとジャンルが異世界チートものというより主人公チートものになってしまう。

むしろ第一次世界大戦で有用になると考えられる兵器を作ったり、未発見の油田地帯の土地を確保したりすれば大金持ちだが、それは科学の知識というより歴史や地理の知識というほうが近いかもしれない。あらすじも戦記ものっぽくなるだろう。

まとめ

さて、以上の考察をもとに冒頭の議論に戻って、最後に、主人公のこういった身勝手な活動が科学の発展を妨げることはあるのかを考えてみる。

1900年となると既に科学的手法に関する認識がある程度確立しているので、実験事実と異なるような間違った説を広めるのは困難だろうし、また後で新しい実験とともに容易に修正されてしまうだろう。実験に沿う異説を広めるのはできるだろうが、そのような活動は当時からなされていただろう。この手の妨害活動には限界がある気がする。

では、現代から見てごく一部の科学技術だけを進めていびつな進歩を遂げることは可能だろうか。例えば1900年に高度な計算機の技術を流入させ、大学や企業の興味・資金・人的リソースのほとんど全てを計算機の研究に流すことで研究の主流としてしまい、量子力学すら「まあそういう分野もあるよね」みたいな存在にしてしまう、みたいな目論見は可能かということだ。これはちょっと考えてみたが、ある時代はいびつになったとしても最終的には似たような形で収まってしまうのではないかという気がした。(私は現代の科学の分野の構成も例えば100年後から見てとてもいびつに見える、みたいなことは現実に起きているんじゃないかなと妄想することがある。)

やはり直接的に害があるとすれば、異世界の優秀な科学者の卵の芽を摘むという点だろうか。これは主人公が隠れて活動するか異世界人としてデビューするかにもよるが、タイミングが悪ければスパイ疑惑が持ち上がるだろうし、場合によっては厄介な問題に巻き込まれて刺されるかもしれない。

頑張れ異世界チートの主人公。たとえ努力が実らず志半ばで倒れたとしても、人種差別も耐性の無い天然痘すらも存在する世の中に転生してそれでも世界の科学技術向上のために尽力したとなれば、伝記が作られたり銅像が建ったりするような末永く尊敬される偉人にはなれるに違いない。


 

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